いまだに、不登校だったり、引きこもりだったりすると、やはり、この世の中では、本人もご家族も、生きにくさを感じることがあるのではないでしょうか。
私はというと、不登校の時は、誰にも見られたくなくて、部屋に引きこもり、外に出ると、冷や汗、緊張、吐き気でどうしようもなくなっていましたね。
父などは、いまだに、自営業の私のことを引きこもりの延長だと思っていて、恥ずかしく思っているようです。
父方の祖母は、なぜかご近所や、知り合いに、私のことを、弁護士だと、吹聴しているようで、本当に頭を傾げてしまいます。
しかし、それだけ、家族への、ストレスも、あったのかな、とも、思います。
しかし、母だけは、ありのままの私を受け入れて、そのままで、大丈夫。ありのままのあなたが素晴らしいのよ、と、常に言ってくれていましたね。
不登校、引きこもりでも、生きやすい世の中をつくるためには、不登校、引きこもりでも、そこにいていいという、居場所をつくらないといけないのではないかと、思います。
例えば、フリースクール。
不登校になったとしても、その不登校の子どもたちが堂々と通えるフリースクールが、各地にたくさんあれば、不登校の、子どもたちの居場所になると思うのです。
そこで、勉強、遊びなど、たくさんのことをして、経験を積んでいけば、無理に、学校に通う必要もないと思うのです。
引きこもりの青年であれば、今であれば、引きこもりの青年のあつまる広場でしょうか。
そういう、あつまる広場のような居場所も、各地にあります。
引きこもりの青年の全体像に対して、あまりにも数は少ないですが、広場に通っていた(正確には、まだ、OBとして、利用者登録して、たまに通ってます。)ものとしては、そこで、遊んで、対人関係の能力を高めて、社会復帰に繋がったような気がします。
あとは、福祉サービスでいうと、グループホームでしょうか。
引きこもりの青年が、グループホームで、規則正しい生活をしていく。
それも、引きこもりの青年の、居場所だと思うのですよね。
あとは、石井あらたさんの、「山奥ニート」に代表されるような、ニートや引きこもりの、シェアハウスなどは、居場所であると思いますね。
私も、これから、引きこもりの青年が、助け合って生きていける、引きこもりシェアハウスを、田舎につくっていきたいのですが、何もかもが足りません。
しかし、そのように、引きこもりの青年にたいしては、青年の遊べる広場、グループホーム、シェアハウスが、居場所になるのかなと、思いますね。
このようにして、不登校、引きこもりでも、生きやすい、多様な生き方が認められる時代に、私はしていきたいと思います。
Twitterで、カウンセラー若月@まん丸幸太郎、として、つぶやいています。どうぞ、よろしくお願いします。
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